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山車ものがたり

石川五右衛門 大阪城見参 ~鯱の翡翠の目を盗む~

 八層の天守閣が空をも圧する大阪城。
 豊臣秀吉がおのれの富と力を天下に広く誇った巨大なこの城の最上層には、絢爛たる黄金の鯱がすえられていました。しかも二尾の鯱の目玉は、天下無比の見事な翡翠がはめ込まれているという、秀吉好みの華やかさ。「天下さま」の城のまばゆさに、人々は息をのむばかりであったと伝えられています。
 ところが、この大阪城に忍び込み、鯱の目玉の翡翠を盗み取ろうという、恐るべき反逆を企てたものがありました。天下一の大盗と呼ばれた石川五右衛門とその一子、清太郎の不適の親子です。わずか二人で「天下さま」のおごりを嘲笑おうと、嵐の夜、大凧に乗って天守閣に飛び移り、まんまと鯱の目玉を抜き取りました。この時、秀吉が偶然にも天守閣に登ってきたのが五右衛門親子にとって不運でした。小鷹のように凧に乗り、美しい小姓とも見まごう清太郎と、悠々翡翠を手にして笑う五右衛門の親子を目にした秀吉は、仰天して家臣を呼び、天守閣での大立ち回りがくりひろげられました。加藤虎之助、脇坂甚内ら、剛勇でならす秀吉配下の「賤ヶ嶽七本槍」の面々や、忍びの者たちと激しく渡り合っていた五右衛門ですが不覚にも我が子が捕らえられたと知ると、子の身代りになって潔く縄に尽きました。
 数日後、五右衛門は恐れの色も見せず「釜ゆで」の刑に処せられました。盗賊とはいえ「天下さま」に挑んだ胆力と、親子の情熱に人々は深く心動かされたといわれています。
 また、父が身をもって助けたその子清太郎は、秀吉の目を逃れて、豊臣家を滅ぼすべく徳川家康の配下で働いたとも、父以上の大盗ともなったといいますが、定かではありません。
 立川文庫による、五右衛門、秀吉対決の一場です。
 見返しは「五右衛門 釜ゆで」。

山車絵

山車製作

今年は4月初旬から製作しました。

中段リフト紙貼り

見返し五右衛門

山車ができるまで

山車が徐々に人形が乗って、飾りが付いていく様子をご覧ください。

紙貼り下塗り色塗り完了(金以外)

横です見返し鯱が・・・





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